リサーチハイライト
Vol.9, March 2017
覚醒状態のサルの脳活動の長期観察に成功
覚醒状態での脳活動を観察することは、脳機能の解明を目指す科学者や、神経・精神疾患の研究者にとって大きな関心事である。小型霊長類のマーモセットはこれらの研究分野において非常に有望な動物モデルであるが、覚醒状態にあるマーモセットの脳イメージングはこれまで困難であった。
今回、実験動物中央研究所の松本圭史らは、理化学研究所との共同研究により、マーモセットの神経活動を覚醒下で観察する技術を確立した。研究チームは、マーモセット専用の観察装置を開発するとともに、同装置にマーモセットを慣れさせるためのトレーニング方法も確立した。これにより、マーモセットの動きによって生じる観察画面のぶれが最小限に抑えられた。観察個体の頭蓋には顕微鏡観察のための観察窓が設置され、触覚刺激を処理する脳領域の脳細胞(神経細胞)に、脳活動が起こると蛍光を発生させることが出来るCa2+インジケータと呼ばれるたんぱく質を発現させた。このようなマーモセット個体に対して、低濃度麻酔時と覚醒時で、足や太ももや尻尾など、体の異なる部位への触覚刺激により活性化する脳部位を、マクロ蛍光顕微鏡によりマッピングし、さらにその部位における神経細胞の活動を2光子顕微鏡により観察した。その結果研究チームは、麻酔状態と覚醒状態における神経細胞の活動の大きさに有意な差を見出した。つまり、マーモセットの神経活動は麻酔下では殆ど観察することができず、正確な観察のためには覚醒下で行う必要があることを明らかにした。さらに数週間および数カ月にわたり実験を繰り返すことで、触覚刺激に対する脳活動の長期観察に成功した。今回の画期的な技術開発は、今後アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患の病態解明にとって非常に重要である。
publication and Affiliations
Y. Yamada1,2,3†, Y. Matsumoto1,2, N. Okahara2 & K. Mikoshiba1,2,3. Chronic multiscale imaging of neuronal activity in the awake common marmoset. Nature Scientific Reports 6 (35722) (2017)
- Laboratory for Developmental Neurobiology, Brain Science Institute (BSI), RIKEN, Wako, Saitama, Japan.
- Central Institute for Experimental Animals, Kawasaki, Kanagawa, Japan.
- Japan Science and Technology Agency, International Cooperative Research Project and Solution-Oriented Research for Science and Technology, Calcium Oscillation Project, Wako, Saitama, Japan. †Present address: Department of Basic Neurosciences, University of Geneva, Geneva, Switzerland.
Correspondence: yy@brain.riken.jp, mikosiba@brain.riken.jp
Figure:
(図A)覚醒時のマーモセットの足(左)と太もも(中左)、尻尾(中右)へ電気刺激を加えた時のそれぞれの応答領域。右図はこれらの応答領域を、足(赤)と太もも(緑)、尻尾(青)と色分けし重ね合わせた。一部の領域で重なりが見られるが、明確な刺激場所による応答領域の違いが見られた。(これらの応答は蛍光強度変化率を青色から赤色までの表示で示している。)
(図B)低濃度の麻酔時(左)では弱い応答しか観察できなかったが、覚醒時(右)では限局した強い応答が見られた。(これらの応答は蛍光強度変化率を青色から赤色までの表示で示している。麻酔時と覚醒時との変化率のスケールの違いに注意。)
(図C)図Bで神経活動が見られた領域の神経細胞画像(上左)。白はCa2+インジケータ―の発現細胞を示す。上左図のそれぞれの神経細胞の刺激への神経応答(上中央:麻酔時、上右:覚醒時)。刺激への応答の強さは図右のカラーバーに対応する。左図の白四角の領域の拡大画像(下左)。黄色で囲まれている#1から#5の神経細胞応答を示す(下右)。麻酔時では殆ど神経応答は観察できなかったが、覚醒時で5つすべての細胞において神経応答が観察できた。