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リサーチハイライト

Vol.17, November 2019

メッセンジャーRNA医薬を用いた脊髄損傷治療

脊髄損傷モデルマウスにおいて、損傷部位へのメッセンジャーRNA直接投与で運動機能が回復

脊髄損傷は交通事故、スポーツ傷害、転倒や転落、暴力などによってあらゆる年齢層に生じ、一度脊髄に損傷を受け、麻痺を生ずると、生涯にわたりケアが必要となることが多く、患者の人生に大きな身体的および経済的影響が及ぶ。今回、東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 教授の位髙啓史(ナノ医療イノベーションセンター主幹研究員)らが脊髄損傷モデルマウスにおいてメッセンジャーRNA(mRNA)投与による治療を行ったところ、有望な結果が得られた。

脊髄損傷では、脊髄の神経細胞(ニューロン)の損傷(一次損傷)に引き続いて、炎症、ミエリン(神経を囲む保護組織)の喪失や内部瘢痕化などの二次損傷が生じ、損傷ニューロンの回復・再生が妨げられる。そのため、脊髄損傷からの機能回復は著しく困難となる。位髙らの治療戦略は、このような二次損傷を食い止めることで神経細胞の活動を維持するというものだ。具体的には、神経保護や機能回復に効果が期待される生理活性物質(タンパク質)を脊髄に送達し、外傷後の組織損傷の程度を和らげ、早期の機能改善を図るというアプローチである。

位髙らが用いた生理活性物質は、神経保護効果を持つことで知られる脳由来神経栄養因子(BDNF)である。しかし、脊髄組織へBDNFをタンパク質として送達することは容易ではない。なぜならBDNFは血液脳関門(脳や脊髄組織において、血液から外来物質が組織内に流入することを防ぐ血管壁のメカニズム)を通過できないのだ。一方、BDNFを脊髄損傷部位に直接投与する場合も、BDNFは半減期が短く、効果を得るための十分な作用時間を得ることは難しい。

そこで研究者らは、BDNFを脊髄損傷部位に送達するためにmRNA医薬を用いた。mRNA医薬は、mRNAを体内に直接投与して、mRNAによってコードされたタンパク質を標的細胞で発現させることによって治療を行う医薬品である。先行研究でBDNFをコードしたDNAを脊髄に投与することによって、早期の運動機能改善を得ていたが、mRNAを用いることにより、さらに投与直後からのBDNFの高い発現を得ることができる。mRNAは細胞に取り込まれたあと、核まで移行する必要は無く、細胞質で迅速にタンパク質の翻訳が行われるからである。

位髙らは、脊髄損傷モデルマウスの損傷部位に、BDNFをコードするmRNAを投与した。受傷後6週間にわたりマウスの運動機能を観察したところ、未投与のマウスに比して有意に早い運動機能の回復が得られた。脊髄損傷後の髄鞘構造が無治療群と比べて有意に高い割合で維持され、BDNFによる神経保護効果が示された。

研究者らは、本研究は脊髄損傷へのmRNA医薬を用いた初の研究であり、今後はさらに高い治療効果を示すmRNA医薬開発に向けて、複数回投与を含めた投与法の改良、他の治療用タンパク質を併用してさらに高い治療効果を得る研究に取り組むという。研究者らは「本研究においてmRNA医薬の有用性が動物実験で確認され、mRNA医薬による脊髄損傷治療実現の可能性が示された」と結論している。


Reference:
Crowley, Samuel T. et al. Enhancement of Motor Function Recovery after Spinal Cord Injury in Mice by Delivery of Brain-Derived Neurotrophic Factor mRNA.
Molecular Therapy: Nucleic Acids 17, 465-476 (2019)
https://doi.org/10.1016/j.omtn.2019.06.016

Figure: [Fig. 3A from the paper]


図1:BDNF mRNAを投与したあとの脊髄組織。青く染まった部分が髄鞘構造が保たれた神経組織を示し、損傷の範囲を軽減する神経保護効果の得られていることが分かる。