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野村龍太氏

背景と最近の研究

実験動物中央研究所(実中研)は1952年に、私の父である野村達次によって創設されました。若き医学研究者であった父は、医学および医薬品研究のために再現性のあるデータの得られる実験動物が必要であると考えていたのです。実中研は公益財団法人として、高品質の実験動物の安定的供給を確立すると同時に、生きたモノサシとして、実験動物を用いたヒト疾患の研究と解明を進めることを目指しています。

慶應義塾大学医学部を卒業した野村達次は、医学研究において再現可能な結果を生み出す上で、高品質の実験動物を安定的に供給することが不可欠であるという現実に直面しました。第二次世界大戦直後の当時、日本では病気を治療するための医薬品を開発する必要に迫られていました。そこで野村達次は実中研の創設を決意したのです。

実中研の歴史は、2つの段階に大きく分けることができます。最初の40年間は「再現可能な実験動物系」の安定供給に重点が置かれました。実中研には米国のフォード財団をはじめ、海外の多数の機関から支援や寄付が寄せられました。

40年をかけて築き上げた基盤を基に、続く20年では、実中研にしか作製できない実験動物系の開発が進められました。

例として、ポリオ生ワクチンの安全性試験に使用するポリオマウスがあります。ワクチンメーカーは大量生産の開始に先立ち、ワクチンの安全性を確かめなければなりません。ここでポリオマウスは重要な役割を担います。従来はこのような試験にサルが使われていました。しかし、マウスを使った実験に対する要望を受けて、実中研は国内の研究者ならびに米国食品医薬品局(FDA)とワクチンの共同開発に取り組みました。同ワクチンを世界保健機関(WHO)へと提供し、さらなる共同開発を進めました。その結果、ポリオマウスは現在、WHOポリオ根絶計画において、実験動物としてWHOに認可されています。

このような世界標準となる実験動物の作製には20年もの歳月が費やされました。新しい実験動物の作製には、新薬の開発と同じくらいの時間を要します。世界標準の大半は米国で開発されています。ポリオマウスは日本発の世界標準であることを強調したいと思います。

さまざまな種類の医薬品が開発されたおかげでヒトの寿命は延びました。次なる課題は、アルツハイマー病などの疾患治療に向けて神経科学(脳科学)の研究を進め、生活の質(QOL)の向上を図ることです。実中研では神経科学研究用のマーモセットの開発を進めています。2009年には科学誌Natureに、遺伝子組み換えマーモセットに関する研究論文が掲載され、研究に使用されたマーモセットがNatureの表紙を飾りました。遺伝子組み換えマーモセットは、パーキンソン病の治療法開発にとって非常に重要な動物疾患モデルです。

もう一つの重要な研究プロジェクトは免疫が全くないNOGマウスを開発しました。このマウスをさらに進化させて、マウスの臓器や免疫系をヒトに置き換え、本当の意味で実験動物をヒトの安全性試験や、医薬品開発に使えるようになってきています。今後の夢としては自分の分身マウスを作り、究極の個別化医療に活用し、医療現場にも直接貢献していきたいと考えています。

実中研は、「キング スカイフロント」という名称が生まれる以前に、川崎区殿町地区に移転した初の機関です。羽田空港が目の前という絶好のロケーションと共同医学研究の将来性によって、キング スカイフロントには研究機関や企業が次々と進出しています。

未来

実中研は引き続きワールドクラスの研究に貢献します。また、実中研が培ってきた科学技術の実用化に向けて、国際企業との連携を図りたいと思います。

実中研における実験動物の開発は、「3Rの原則」に基づいています。すなわち、Replacement(代替法の利用)、Reduction(使用動物数の削減)、およびRefinement(苦痛軽減を中心とする動物実験の改良)です。

現在、慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授と共同で、脊髄損傷治療に向けた再生医学研究に取り組んでいます。同研究では、動物の命を奪うことなく研究を進めるべく、MRIシステムを用いて動物脳の分析を進めています。

過去5~6年にわたり、キング スカイフロントをライフサイエンス分野の日本のショーウィンドーとして世界からなくてはならない国際研究拠点へと発展させるべく、川崎市当局と連携を図ってきました。川崎市の京浜工業地帯は、第二次世界大戦後の日本の経済復興を支えた一流重工業企業の本拠地でした。重工業はアジア各地へと移転した現在、日本の未来は、ライフサイエンス、代替エネルギー、そして環境といった、知識と知的財産に基づく産業の発展にかかっています。

キング スカイフロントをライフサイエンス分野の国際的な基礎研究および応用拠点へと発展させる上で、実中研は中心的役割を担うものと私は確信しています。