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ナノ医薬品の送達効率を高める肝内毛細血管コーティング剤

ナノテクノロジーを応用した薬物送達における重要な進展:生物学的に安全な有機高分子による肝類洞壁のコーティングにより肝臓における薬物の代謝と消失を抑制し、標的組織へのナノ医薬品の送達効率を向上

ナノ医薬品は、ナノ粒子を用いて狙った組織へ薬物を運ぶ。これまで、さまざまな治療薬や診断薬が、ナノ医薬品として特定の組織へと送達されている。しかしながら、ナノ医薬品は「クリアランス」と呼ばれる生物学的処理を受けることになる。人体により異物と見なされたナノ粒子は、代謝され、消失してしまうためである。

このようなメカニズムは、肝臓の血管壁を覆う肝類洞内皮細胞(LSEC)で起こる。LSECは、ナノ医薬品などの異物を捕らえ、血流から排除する「スカベンジャー受容体」を豊富に発現している。

今回、川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)の片岡一則センター長らのグループは、量子科学技術研究開発機構(QST)および東京大学大学院工学系研究科と共同で、肝毛細血管をコーティングしスカベンジャー受容体の活性を抑制することで、LSECによるクリアランスを抑える物質を創出した。その結果、肝臓におけるナノ医薬品の消失を抑制し、特定の臓器へナノ医薬品をより効率よく送達することに成功した(図1)。

ナノ医薬品のための「ステルスコーティング」という概念は、LSECによるクリアランスの抑制に幅広く用いられている。ただし、処方や薬剤の種類によっては十分なステルス効果が得られず、LSECによるクリアランスを十分に抑制することが難しい。このような課題に対応すべく、これまでの研究は、空のナノ粒子とスカベンジャー受容体阻害薬(ポリイノシン酸など)を事前に注入することで、LSECのスカベンジング機能を飽和状態にできることに着目していた。しかし、受容体を飽和させるという戦略はしばしば炎症反応を引き起こすため、臨床的に実用的ではないとされていた。さらに、LSECにはさまざまな種類のスカベンジャー受容体が存在するものの、スカベンジャー受容体阻害薬が遮断するのは標的とする受容体のみであるため、多くの場合、ナノ医薬品が捕捉されてしまう。すなわち、さまざまなクリアランスメカニズムを同時に抑制する必要がある。これらの課題を克服すべく、片岡らは、肝類洞壁を特別に設計されたポリエチレングリコール(PEG)の誘導体でコーティングし、多様なクリアランス経路を遮断するという世界初の方法を開発した。

このPEGコーティング剤は2つの基本的要件を満たさねばならない。第一に、コーティング剤は肝類洞壁選択的でなければならない。肝臓外の血管にコーティングが及ぶと、毒性が生じるだけでなく、標的臓器に送達されるナノ医薬品の量が減少する。第二に、コーティングが長時間に及ぶと正常な肝機能が損なわれるため、コーティングは一過性でなければならない。これらの要件を満たすべく、研究チームは、正に帯電したオリゴリシンに2本のPEG鎖を結合したコーティング剤(Two-arm PEG−OligoLys)を精密に設計した(図1A)。同コーティング剤は、他の組織内皮に影響を及ぼすことなく、肝類洞壁の表面を選択的に覆い、ナノ医薬品の送達を可能にした。興味深いことに、Two-arm PEG−OligoLysは、類洞内皮に結合した後、6 時間以内に胆汁へと排泄された一方で、1本のPEG 鎖をオリゴリシンに結合したコーティング剤は、類洞壁に留まっていた。このように、選択的かつ一過的なコーティングを実現するためには、精密な分子設計が必要であった。

Two-arm PEG−OligoLysによる肝類洞壁の選択的かつ一過性のコーティングは、ウイルスおよび非ウイルス遺伝子ベクター(それぞれ自然由来および人口的に改変されたナノ医薬品)のクリアランスを効果的に防ぎ、標的組織への遺伝子送達を高める(図1B)。ウイルスベクターは臨床的に成果を上げているものの、肝類洞への吸着により標的臓器への到達が大幅に阻まれる。そのため、治療レベルのたんぱく質発現を得るためには、(しばしば死亡を引き起こす)高用量で投与する必要がある。

肝類洞壁をTwo-arm PEG−OligoLysでコーティングしたのちにアデノ随伴ウイルス8型(AAV8)を投与すると、AAV8の肝臓への移行が抑制され、標的臓器(心臓および筋骨格)への遺伝子導入効率が劇的に高まった。また、経済的かつ安全な遺伝子療法を実現する、非ウイルス性の遺伝子送達システムであるプラスミドDNA搭載スマートナノマシン(高分子ミセル)に同コーティング剤を用いたところ、ナノマシンの肝類洞壁への吸着が抑制され、がん細胞へのDNA導入効率が10 倍程度向上した。

「合成および自然由来ナノ医薬品をはじめ多様なナノ医薬品と組み合わせ可能な私達のアプローチは、未来のナノ治療およびナノ診断に向けた扉を開く」と研究者らは述べている。

Reference

Dirisala, A. et al. Transient stealth coating of liver sinusoidal wall by anchoring two-armed PEG for retargeting nanomedicines

Sci. Adv. 2020; 6 : eabb8133
https://advances.sciencemag.org/content/6/26/eabb8133
DOI: 10.1126/sciadv.abb8133

Figure: [Fig. 1 from the original article]

図1:肝類洞壁のコーティング。(A) 2本の40 kDA PEG鎖をカルボキシル末端に結合したオリゴリシン(リシン20ユニット)(Two-arm-PEG-OligoLys)。(B) Two-arm-PEG-OligoLysによる肝類洞壁のコーティングと胆汁への緩やかな排泄の概略図。一過的なPEGコーティングにより、高分子ミセル(PM)やアデノ随伴ウイルス(AAV)などのナノ医薬品の肝類洞壁への吸着を抑制し、本来の標的器官へとナノ医薬品を送達する。