神経幹/前駆細胞研究により、中枢神経系障害に対する細胞移植治療に有望な可能性が示された。これまで、iPS細胞由来神経幹/前駆細胞(NS/PCs)の移植によって初期には良好な運動機能回復が得られたとしても、移植後に腫瘍様増殖が生じ、運動機能が再び低下することがあった。今回、慶應義塾大学の中村雅也教授、岡野栄之教授らにより、薬剤投与による簡単な前処理を行うことで、このような腫瘍形成を予防できることが示された。
幹細胞と同様に、前駆細胞はより特殊な細胞へと分化できる。研究対象となった神経幹/前駆細胞(NS/PCs)は、3種類の神経細胞(ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイト)へと分化させることが可能である。
研究者らは、腫瘍形成を防ぐためには、未熟な状態の細胞を除去する、もしくは特殊な神経細胞へと分化させた状態で移植する必要があると考えた。NotchシグナルはNS/PCの誘導を制御すること、ならびにγセクレターゼ阻害剤(GSI)で阻害できることから、研究者らは、in vitroおよびin vivo双方で、iPS細胞由来神経幹/前駆細胞(hiPSC-NS/SCs)の増殖と分化に対するGSIの効果を検討した。
研究者らは、移植後に腫瘍を形成する2種類の細胞株を使用し、細胞をGSIで前処理することにより、in vitroおよびin vivoで細胞の増殖が抑えられ、その結果腫瘍形成が防げることを確認した。前処理を行ったNS/PCsでは、未分化・腫瘍様増殖性のある細胞の数が減少し、成熟神経細胞数が増加した。研究者らが脊髄損傷マウスにNS/PCsを移植したところ、GSIで前処理を行った細胞を移植したマウス(GSI+群)では回復した運動機能と歩行が維持されたのに対し、前処理を行わなかった細胞を移植したマウス(対象群)では運動機能が再び低下した。
今回の研究結果を報告する論文で研究者らは、「hiPSC-NS/PCsをGSIで前処理することで、脊髄損傷に対するhiPSC-NS/PC移植治療の安全性を高めることができる」と結論している。
publication and Affiliations
Toshiki Okubo1,2,Akio Iwanami1, Jun Kohyama2, Go Itakura2, Soya Kawabata1, Yuichiro Nishiyama1, Keiko Sugai1, Masahiro Ozaki1,2, Tsuyoshi Iida1,2, Kohei Matsubayashi1,2, Morio Matsumoto1, Masaya Nakamura1,*and Hideyuki Okano2,* Pretreatment with a γ-secretase inhibitor prevents tumor-like overgrowth in human iPSC-derived transplants for spinal cord injury Stem Cell Reports 7 649–663 (2016).
- Department of Orthopaedic Surgery
- Department of Physiology, Keio University School of Medicine, 35 Shinanomachi, Shinjuku-ku, Tokyo 160-8582, Japan
Figure:
GSIで前処理を行った253G1 hiPSC-NS/PCs(GSI+ group)と前処理を行なっていない253G1 hiPSC-NS/PCs(対象群)の移植後の長期観察。C) 移植89日後の各群の代表的な脊髄のヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色画像。対象群では腫瘍形成が認められる(スケールバー:1,000 µm)。D) 移植89日後の各群の代表的な移植細胞のHNA+細胞の免疫組織画像(スケールバー:1,000 µm)。画像提供:Stem Cell Report