脳発達の複雑な仕組みを経時的に研究することは難しい。その主な理由として、生きた被験動物の脳に関するデータの収集は困難であることが挙げられる。最近まで、霊長類の神経学的研究では、被験動物を屠殺する必要があった。生きた霊長類の脳発達過程を解き明かすことで、脳の発達に関する知識が劇的に向上するであろう。
今回、慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授らは、神奈川県川崎市にある実験動物中央研究所をはじめ、日本各地の研究機関の研究者らと共同で、非侵襲的な画像撮影技術を用いて、胎仔期から成体期にわたるマーモセットの脳発達を示す3次元「アトラス」の作成に成功した。
マーモセットの中枢神経系は、構成と構造という点でヒトの中枢神経系と非常に類似していることから、モデル動物として使用された。岡野教授らのチームは、2種類の磁気共鳴映像法(MRI)を使ってマーモセットの脳発達を詳細に解き明かすアトラスを作成した。すなわち、in utero MRIによる胎仔発達のマッピングと、成体期に至る脳の3次元MRIである。同手法を用いることで、被験動物を屠殺することなく、脳発達に対する先天的および外的影響を追跡できる可能性がある。これはたとえば、絶滅危惧種の研究にとって大きなベネフィットである。
作成された脳アトラスを基に、科学者は経時的な脳発達に関する多次元データを研究できると同時に、全身の発達に関するデータを組み込むことができる。岡野教授らのチームは今後、一層複雑なアトラスの作成を目指す。脳のセグメント構造およびより大規模な集団を対象とした研究を組み込むという。また、同チームの研究により、神経発達障害の過程を解明するためのトランスジェニックマーモセットの作製が可能となった。同チームは、霊長類の脳の正しい発達と構成に関与する遺伝子の特定を期待している。
Publication and affiliation
K. Hikishimaa,b, K. Sawadac, A. Y. Murayamaa, Y. Komakia,b, K. Kawaib, N. Satob, T. Inoueb, T. Itohb, S. Momoshimad, A. Irikie, H. J. Okanof, E. Sasakib, and H. Okanoa,g*. Atlas of the developing brain of the marmoset monkey constructed using magnetic resonance histology. Neuroscience 230, 102-113 (2013)
- Department of Physiology, Keio University School of Medicine, 35 Shinanomachi, Shinjuku-ku, Tokyo 160-8582, Japan
- Central Institute for Experimental Animals, 3-25-12 Tonomachi, Kawasaki-ku, Kawasaki, Kanagawa 210-0821, Japan
- Department of Physical Therapy, Faculty of Medical and Health Sciences, Tsukuba International University, 6-8-33 Manabe, Tsuchiura, Ibaraki 300-0051, Japan
- Department of Diagnostic Radiology, Keio University, School of Medicine, 35 Shinanomachi, Shinjuku-ku, Tokyo 160-8582, Japan
- Laboratory for Symbolic Cognitive Development, RIKEN Brain Science Institute, 2-1 Hirosawa, Wako, Saitama 351-0198, Japan
- Division of Regenerative Medicine, Jikei University, School of Medicine, 3-25-8 Nishishinbashi, Minato-ku, Tokyo 105-8461, Japan
- RIKEN Keio University, Joint Research Laboratory, RIKEN Brain Science Institute, 2-1 Hirosawa, Wako, Saitama 351-0198, Japan
*corresponding author, email address: hidokano@a2.keio.jp
Figure:
神奈川県川崎市にある実験動物中央研究所および関連機関の研究者らは、母体内の胎仔を非侵襲的に観測する新しいin utero MRIを確立し、霊長類の脳発達を捉えた初の3Dアトラス作成に成功した。上記画像は、妊娠齢8~19週のマーモセット胎仔の発達状況を示す。