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より安全な細胞で脊髄治療研究が前進 倫理的な議論を呼ぶ胎児細胞を使わない幹細胞治療

げっ歯類および霊長類を対象とした最近の研究により、幹細胞の投与によって脊髄損傷の回復が向上することが示された。ただし、これらの細胞は胎児に由来するため倫理上の問題伴い、ヒトを対象とした臨床試験へ進むことは不可能である。一方、慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授らは、脊髄損傷の効果的な治療を実現する別の種類の幹細胞を作製した。

岡野教授らは、さまざまな種類の細胞へ分化する能力を有する人工多能性幹細胞(iPS細胞)に由来する神経幹細胞を使用した。iPS細胞の安全性はすでに評価されている。岡野教授らのチームは、頭蓋直下の脊髄損傷後9日目のマーモセットにiPS細胞由来神経幹細胞を投与した。一方、対照となるマーモセット群には、リン酸緩衝生理食塩水溶液を投与した。

マーモセットの運動機能と握力を観察したところ、損傷直後の麻痺から運動機能の回復が見られた。ただし対照群では、回復が見られたマーモセットの数が、iPS細胞投与群の60~70%に留まった。また、磁気共鳴映像法(MRI)により、対照群ではニューロンを保護する髄鞘の損傷がiPS細胞投与群に比して大きいことが明らかになった。

岡野教授らのチームは、脊髄損傷後12週間目にマーモセットを屠殺し、脊髄組織の詳細な分析を行った。その結果、投与されたiPS細胞は3種類の神経細胞に分化していることが分かった。一方、ヒトiPS細胞を用いた治療で一般的に懸念される腫瘍の形成は認められなかった。

岡野教授らは当該研究の論文において、ヒト疾患の研究と治療にとって、iPS細胞は非常に有望な細胞源であると結論している。それと同時に、「臨床使用に先立ち、安全性に関する問題を慎重に評価することが極めて重要である」と指摘している。

Publication and Affiliation

Yoshiomi Kobayashi1,2†, Yohei Okada1†, Go Itakura1,2, Hiroki Iwai1,2, Soraya Nishimura1,2,
Akimasa Yasuda1, Satoshi Nori1, Keigo Hikishima2,3, Tsunehiko Konomi1,2, Kanehiro Fujiyoshi4,
Osahiko Tsuji5, Yoshiaki Toyama1, Shinya Yamanaka6, Masaya Nakamura1*, Hideyuki Okano2* Pre-Evaluated Safe Human iPSC-Derived Neural Stem Cells Promote Functional Recovery after Spinal Cord Injury in Common Marmoset without Tumorigenicity. PLoS ONE, 7 e52787, (2012).

  1. Department of Orthopedic Surgery, School of Medicine, Keio University, Tokyo, Japan
  2. Department of Physiology, School of Medicine, Keio University, Tokyo, Japan
  3. Central Institute for Experimental Animals, Kanagawa, Japan
  4. Department of Orthopedic Surgery, National Hospital Organization Murayama Medical Center, Tokyo, Japan
  5. Department of Orthopedic Surgery, Saitama Social Insurance Hospital, Saitama, Japan
  6. Center for iPS Cell Research and Application (CiRA), Kyoto, Japan

* E-mail: masa@a8.keio.jphidokano@a2.keio.jp
† These authors contributed equally to this work.

Figure:

移植後12週間における損傷中心部の横断面図。破線で囲まれた部分は脱髄部。移植されたヒトiPS細胞由来神経幹細胞が脊髄損傷後の脱髄状態から回復。© 2012PLOS ONE