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八代嘉美氏

幹細胞の研究が社会からどのように見られているのか?

研究の背景・目標

もともと自分のバックグラウンドが、いわゆるstem CELL research、幹細胞の研究を行なっているので、幹細胞の研究が社会からどのように見られているのか?ということが今の研究の入り口になっています。

今、 神奈川の殿町地区で新しくできた神奈川県立保健福祉大学で研究をしています。この殿町には再生細胞治療の企業等が集積をしているので、殿町地区の方々とこの町以外にいらっしゃる方々に対して、大学の存在と名前を知ってもらう、ということも含めて『再生医療特論』という授業をやっています。今まで色々な形でお付き合いさせていただいた先生達にお願いをして、基礎研究から臨床応用も含めて、いろいろな形から再生・医療細胞治療について語ってもらうという形の授業を行なっています。

再生医療は、社会から非常に期待されています。我々が行った意識調査を見ても、再生医療に対して社会からの期待、研究を促進するということについては7割ぐらいの一般社会の方々が賛成をしています。

一方で、研究者とそれから一般の社会の方々が考えていることが本当に一致しているか?研究者が伝えたいと思っていることと、社会が知りたいと思ってることにはどのぐらいズレがあるんだろう?という調査をしたことがあります。やはり結果は、ずれてくる、ということがわかりました。

研究者側は、自分たちが行なっているものがどういうレベルにあるかということがわかっています。
危険・安全性というのは伝えるべき事ですが、何か起こったときの対処法はどうするかという具体的な例については、研究者の方々は『まだそこまで伝えることは重要ではない』と考えている側面が大きいのです。

一方で一般の社会は、自分たちが受益者になることを重要に考えますから、『お金はいくらかかるのか』『何か起こった時にどのように対処してもらえるか?』『責任は誰がとってくれるのか』ということが 知りたいことの上位です。ですから、そこを埋めるために何をすればよいか?を研究してきました。
いわゆる科学コミュニケーションという領域の研究の側面も当然あります。

『お金はいくらかかるのか』ということに関しても、今まではたくさん作ればスケールメリットがあるという話が一般的になされてきています。
様々な産業の歴史を見ても、スケールメリットは正義、ということがよく語られていますが、再生・細胞治療は、本当にそのスケールメリットが出るような産業形態なんだろうか、ということも含めて知るべきじゃないのか、という観点から今色々な研究をしています。

研究の進展、結果

再生治療、細胞治療ということを考えると、今言いましたように、スケールメリットということが強く語られてきた側面がありますが、それだけではありません。つまり、生産のプロセスだけで語れるわけではないということです。再生・細胞治療というのは、医薬品、医療に使うためのものですから、非常に高い安全性が求められます。

しかし一方で、製品はこれまでのように化学合成を経て作られる物質や抗体医薬ではない。抗体医薬も確かに生物由来ですが、それ自体は『抗体』という物質として取得できるものです。しかし、細胞は生きものです。抗体のように、その分子量が決まってくるといったものではありません。ですから、安全性の確認等に関しては、これまでの化学製品あるいは抗体医薬に関するものとは違うはずですが、やはり今までの例の中に収める形で安全性が確認されてきています。

よって、1つ大事な点は、再生・細胞治療の製品というものは、規制対応するためにある程度高いお金が付随してしまう、ということです。
単純に言えば企業努力だけで再生・細胞治療製品というのはコストが下げられるわけではなくて、規制等も踏まえた上で全体的な形、すなわち、作る側も規制をする側も『コスト』というものを考えていかなければなりません。
社会のためには何が有益なのか?という観点から、産学官だけでなく民間も含めて皆で考えていく。新しい再生・細胞治療のためのエコシステムを構築していかなければならない、ということが見えています。

iPS細胞に興味を持ったきっかけ

もともと再生・細胞治療の基礎研究をしていて、現在も血液の再生の研究を行なっています。
ちょうど自分が大学に入った当時はES細胞研究、人ES細胞が樹立された時期に近かったのです。また高校の時には臓器移植の問題が非常に大きな問題になっていました。すなわち脳死の問題と臓器移植が大きくクローズアップされる時代でした。

再生・細胞治療自体に非常に関心があり、将来的にそのような研究をしたいと思っていました。私立の大学の薬学部に進みましたが、そこはどちらかといえば化学合成などchemistryの人たちが主流を占めるところでした。大学院に進学してからより多くの研究ができるようになったという背景があります。

今述べましたように、ES細胞というものが、世の中ではスキャンダル的な形で見られていたということもあり、受精卵を壊すということの倫理的道徳的な是非が社会から問われていました。その是非の判断基準において、一般の人たちと、倫理学等を研究している人たちが、どこまで科学的なfactを理解した上で話をされているのだろうか、と。

新聞、生命倫理の論文等を読んでも、僕らが研究している生命生物科学、またはstem CELLを見ている現場の感覚とずれている、ということをもすごく感じるようになりました。このような中で、1人ぐらいは現場の感覚を維持したままで社会と対話するチャンネルを作る、あるいは政策的な事を考える、ということができる者がいてもいいんじゃないかな?と考えるようになったということが出発点です。

パンデミック状況下でのワクチン研究開発をどう考えるか

ワクチンの研究は、もちろん日本でもやっていないわけではありません。大阪ではRNAワクチンの研究をやっていますし、その他の企業でもやっています。 アメリカやヨーロッパほどの速度ではなかった、という事実はありますね。

1つ言えることは、ワクチンができることでパンデミックに対応できるというわけではありません。ご存知のように、インフルエンザにはインフルエンザワクチンがありますが、加えて抗インフルエンザ薬があるというのもご存知の通りだと思います。

要は、パンデミックに対応しようと思うと、治療薬とワクチンというのはセットでないと広がっていくのを食い止めることはできないわけです。 ワクチンを使って集団的な免疫をある程度確立させつつ、対処療法的なものでライフラインをつなぐことをしていかないと駄目です。両輪が必要なわけです。

細胞医薬は、再生細胞というと日本に於いてはiPSが中心に考えられがちなのですが、僕がもともと研究をしているのは、血液のhematopoietic stem cellsという造血幹細胞というものですし、他にも様々な幹細胞はあります。

実は世界的には、この様々な幹細胞のうちの間葉系幹細胞 Mesenchymal stem cellというものを使った臨床研究が走っていて、ある程度期待できる結果が出ています。それは、炎症を抑えたり、サイトカインストームを抑える、という対症療法的な治療として効きそうだ、という状況です。

「両輪を回す」という意味では、今、再生・細胞治療もパワーを持ち始めているのではないかと考えています。

将来の展望

ただし、お金という面で考えると、確かに安くは無いことは間違いありません。莫大なお金がかかる面も当然あります。現在の社会というものを維持するっていう観点では、パンデミックには限らない問題だと僕は思っています。 今は、再生・細胞治療や、先ほど例としてあげた抗体医薬はものすごく医療費が高いことが前提になっています。

しかし、新しい医薬品が作られることによって、これまでであれば高額な医療費もかかり、その人自体が会社や地域社会のようなコミュニティにも参画できない、復帰できなくなってしまったという人が、社会生活ができて社会を維持する側に回ることができるようになると考えると、きちんとした試算はまだなされているわけではなく自分が今やらなければと思ってやっていることの1つですが、いわゆるコストオブイルネス(cost of illness)といわれる社会費用負担の観点から言うと、確かに単体で考えるとすごく大きなお金がかかっているんだけれども、社会を維持する、社会をまわしていくという観点で考えると実は必要なコスト負担かもしれないですし、お金以上のベネフィットが発生しているかもしれない、ということも考えないといけないと思います。ある程度、先進国では、きちんと有効性というものを確立しつつ、やはりコストを落とすように努力をしています。 世界的にコスト費用負担を何とか回すという形で、発展途上にある国々に対しても科学的な成果を還元して行くべきだ、と考えています。 現在のパンデミック状況は、将来と非常に強く結びついていると思います。

キングスカイフロントに期待すること

キングスカイフロントには、実験動物中央研究所があり、日本で実験動物を開発して維持している非常に重要な拠点の1つですし、国立医薬品食品衛生研究所(国衛研)があり、これは新しい規制のための科学を作るために重要な拠点です。

本当はやはり将来的には病院ができて欲しいと思いますが、いわゆるプルーフオブコンセプト(proof of concept)というものを実施するための1つの重要な前要素として実験動物と、そして先ほど言いましたように、コストの中で一番大きな要素を占めている規制の根幹を成している科学の研究をしている国衛研がある、という点でエコシステムの観点から重要な拠点になることができる場所だと思います。

将来的には羽田空港から橋ができて、全国各地、世界各地からもアクセスしやすくなるということを考えると、将来的にはtest bedという形で 臨床研究のための拠点が整備されていくということになれば、日本だけではなく世界の中において、再生細胞治療の大きな拠点になることができるだろうと思っています。

臨床研究だけでなく、基礎研究から臨床研究に持って行く。それが産業化の出発点となるような大きなハブになってくれるといいなと思っています。