毎年、世界では数百万人の人々が、アルツハイマー病による進行性の認知症に罹患しており、医療サービスに大きな負担がのしかかっている。アルツハイマー病の発症機序は未だ解明されておらず、同疾患に十分対処できる効果的な治療法はない。
アルツハイマー病患者では、アミロイドベータ(Aβ)蛋白の過剰産生が生じ、老人斑と呼ばれる脳内のプラーク中に蓄積し、脳の機能を低下させることが明らかになっている。産生されたAβは最初可溶性であるが、凝集して不溶性となりやすい性質を持ち、その蓄積が記憶障害などを引き起こすと考えられている。このようなAβの代謝を制御することで、アルツハイマー病に対処できる可能性がある。水溶性Aβを分解できる蛋白分解酵素としてネプリライシン(NEP)があるが、同酵素を脳内へ送り込むためには遺伝子導入という高いハードルを越えなければならない。
東京大学の位髙啓史特任准教授らは、マウス脳へとNEPを安全に送達する方法として、NEPを運ぶmRNAを内包した高分子ナノミセルの開発に成功した。今回の結果は、アルツハイマー病をはじめとする脳疾患の標的治療薬に新時代の幕開けを告げることになるかもしれない。
ナノミセルとは、自己組織化する微小な高分子構造物である。内核にmRNAを内包したナノミセルは、体内の標的部位に到達後、溶解し、mRNAを放出する。位髙のチームによって開発されたナノミセルは、脳細胞へのmRNA放出後、毒性の無い状態に迅速に分解されるため、他の遺伝子導入法と比較して安全性が高い。
培養細胞を用いた効果検証に続いて、mRNAを内包したナノミセルを直接マウス脳へと注入したところ、NEP mRNAが脳細胞へと送達され、脳組織中でNEP濃度が上昇した。その結果、脳内のAβ濃度が有意に低下した。これはまさに、mRNAによって脳へ治療薬を送達できる可能性を示した初の成果である。
Reference and affiliations
C-Y. Lin a, F. Perche a, M. Ikegami a, S. Uchida a, K. Kataoka a,b,**, K. Itaka a,*. Messenger RNA-based therapeutics for brain diseases: An animal study for augmenting clearance of beta-amyloid by intracerebral administration of neprilysin mRNA loaded in polyplex nanomicelles. The Journal of Controlled Release 235 (2016)
a. Laboratory of Clinical Biotechnology, Center for Disease Biology and Integrative Medicine, Graduate School ofMedicine, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan
b. Department of Materials Engineering, Graduate School of Engineering, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8656, Japan
Correspondence: kataoka@bmw.t.u-tokyo.ac.jp or itaka-ort@umin.net
Figure:
脳内へのmRNA導入:ルシフェラーゼ発現mRNAの脳室内投与